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K.Sat写真の目線

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 従来、未来の投稿日時設定にしてかつ「非公開」の記事にして、一人で眺めて楽しんでいた KSat 自身が撮影した琵琶湖等の風景写真を、トップ記事として、公開します。写真は、最新のものではありません。過去に撮り貯めたものです。
写真は、適当に、増減、入れ替えなどするかもしれません。


琵琶湖。。。 だいたい、「沖島」あたりがメインの画像が多いです。高島~今津~マキノあたりの西岸沿いの風景の画像もあります。

「沖島」…室町時代、今参局(いままいりのつぼね)(大河ドラマ「花の乱」で、かたせ梨乃さんが演じたのが良かったですねっ)が流された島なんです(流刑)。 彼の地に流されて、直ぐに、刺客を送られ惨殺されてしまうのですよ。、、嗚呼、、。

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 白髭神社前から同神社の湖上鳥居を介して、沖島の瀛津島神社、対岸・近江八幡市の日牟礼神社方向を臨む。

 そう、この湖上の鳥居は、この写真の撮影位置(陸上側)からだと、沖島にある瀛津島神社、近江八幡の日牟礼神社を拝するようになるのだが、沖島自体を拝するというのがぴったりだと思う。

 以下の「 」内は、そうしたことに言及している「沖島物語」(西居正吉 氏 著)の抜粋の写し。神額が両面に掲げられているということが、特別なことなんだ。


「 奥津島(瀛津島)神社を真ん中にして、一線上に並ぶのは“白髪神社”と“日牟礼神社”です。
 湖西に鎮座する白髪神社(祭神は猿田彦命さるたひこのみこと) の鳥居は、湖中に建てられていますが、神額が両面に揚げられており、その形態は他に例を見ません。よって白髪神社を拝する場合は、湖上から遥拝することになりますが、陸地から拝するのは、鳥居が真正面に位置する沖島です。

 奥津島(瀛津島)神社の境内に社歴由緒の木製の碑が建立されています。その中には、紫式部が詠んだ歌が記されています。

"“境内の木製の碑”"
 “おいつしま 守りの神やいますらん 波もさわがぬ わらわえの浦”

 沖島の歴史の古さを物語るひとつです。
 そして、奥津島(瀛津島)神社は今から二百五十年前に再建されてその間、何度が修復されてきましたが、老朽化してきたため、氏子の念願で神殿が平成十五年十一月に造営奉納されました。 」
(《参考・引用文献》 「沖島物語」 西居正吉 氏 著)

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 瀬田川畔にある石山寺。
 画像は、本堂の横、「紫式部の間」を臨む。紫式部は、この石山寺に一週間籠り、琵琶湖面に映る月を見て、源氏物語の構想を練り起筆したと伝わる。
 (※「源氏物語」は、平安時代に女流文学者紫式部によって書かれた世界最古の長編小説。)

 以下は、石山寺の公式HPからの引用です。

 平安時代寛弘元年(1004)、紫式部は時の中宮の新しい物語を読みたいというリクエストを受け、新しい物語を作るために石山寺に七日間の参籠をしていました。そのとき、琵琶湖の湖面に映える十五夜の名月を眺めて、都から須磨の地に流された貴公子が月を見て都を恋しく思う場面を構想し、「今宵は十五夜なりけり」と書き出したのが『源氏物語』の始まりだったと言います。・・・
 本堂の一角にある「源氏の間」は物語の執筆の部屋といわれます。

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 びわ湖西岸。盛夏の日。
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by KSatPhotos | 2020-12-31 23:59 | びわ湖 | Comments(14)