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 従来、未来の投稿日時設定にしてかつ「非公開」の記事にして、一人で眺めて楽しんでいた KSat 自身が撮影した琵琶湖等の風景写真を、トップ記事として、公開します。写真は、最新のものではありません。過去に撮り貯めたものです。
写真は、適当に、増減、入れ替えなどするかもしれません。


琵琶湖。。。 だいたい、「沖島」あたりがメインの画像が多いです。高島~今津~マキノあたりの西岸沿いの風景の画像もあります。

「沖島」…室町時代、今参局(いままいりのつぼね)(大河ドラマ「花の乱」で、かたせ梨乃さんが演じたのが良かったですねっ)が流された島なんです(流刑)。 彼の地に流されて、直ぐに、刺客を送られ惨殺されてしまうのですよ。、、嗚呼、、。

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琵琶湖西岸に咲く彼岸花
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 秋の好日の午後。 沖島・尾山の三角点がある広場から、画面中央右奥の遠くに観音寺山を臨む。その手前にすっぽりと入った形で安土山が見える。

 安土山には、織田信長が築城した安土城の城址がある。

 織田信長は、この琵琶湖に沿って、長浜城に秀吉、坂本城に光秀、高島に織田なんとか、と極めて信頼のおける家臣をおいて、現代であれば、東京のJR山手線のような「環状」の高速輸送網(船運)を作ったんだね。
 これで織田の大軍勢を近畿はもちろん、北陸、東海などにも向けて短時間で集結・進軍できるようにしたわけなんだ。安土はその「高速環状輸送網」のほぼ中心位置といっていい場所だね。

 当時の安土山は、湖に岬状になって突き出しており、三方が湖水に囲まれていた。この湖水と、陸地の観音寺山と相俟って安土城は堅固な城だったんだねぇ。
 ただ、なぜ信長が安土に城を作ったのか? という点では、「守り」だけでなく、「(各地への)攻め」そのもののためだったのだろうとも思う。 築城の常識とかけ離れた「広く真っ直ぐな大手道」が設けられていることもその表れなのだろう。 「守り」の発想ではないのだね。
 こうした高速環状輸送網の上に、坂本には光秀、長浜には秀吉、この力のある信頼おける部下をおくってことは、ほんと素晴らしい布陣だと思う。

 そして、そして、、当時のこの島の役割は、とても高いものだったに違いない。

 尾山の背骨とも言える尾根沿いには細い山道(縦走路)があるが、ケンケン広場のあたりとか、ケンケン広場から頭山方向に向かうあたりとかで、道の一部でとても硬い土質のところがあって、かつては何か見張り台・のろし台とかの建築物でもあったのではないだろうかと思わせるのだね。
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by KSatPhotos | 2018-12-31 23:59 | びわ湖 | Comments(12)